土田あさみ、滝浪直樹、横山直、木本直希、増田宏司、森元真理
東京農業大学農学部
発表者らは、ハンドラーが積極的な介入をしない条件下におけるウマのブラッシング実験を実施し、ウマのブラッシング作業はブラッシング者に唾液コルチゾル濃度の低下と気分の改善効果を与えることを報告した(土田他2019)。今回は、この実験で利用した脈拍測定計で測定された拍動数のデータから自律神経活性について再検討したので報告する。
実験は所属大学の人を対象とする実験・調査等に関する倫理委員会により承認を受け(承認番号1715)、事前説明で同意が得られた協力者にのみ実施した。実験協力者は20歳以上の動物アレルギーのない健康な、乗馬経験のない大学生22名の協力者(男子12名、女子10名、20~22歳)であった。
ウマは北海道和種の去勢雄11歳、ハンドラーはウマ飼養施設の技術者2名(男女各1名)であった。ハンドラーとの性別の組み合わせはバランスをとった。実験は午後から行い、1回の実験で1名ずつ行った。協力者には耳朶式脈拍計(Pulse Sensor, GitHub社)とICレコーダーを装着して脈拍計の安定を確認した(Pre)後、唾液コルチゾル濃度測定用に2分間の唾液の採取(Saliva1)と気分尺度評定(Two-dimensional Mood Scale:TDMS、アイエムエフ社)を行った。その後協力者は移動してハンドラーからブラッシングの作業について5分間の説明を受けたが、半数の協力者(男子6名、女子5名)はブラッシングの目的についても説明を受けた(条件I)。残りの半数は目的の説明を受けなかった(条件II)。ハンドラーはブラッシング作業開始後、ブラッシング者から質問があった場合のみ応答した。ブラッシングは左馬体を10分間(Brus-1)実施した後、2回目の唾液採取(Saliva2)とTDMSを行った。その後右馬体を10分間(Brush-2)ブラッシングした後、3回目の唾液採取(Saliva3)とTDMSを行い、最後に感想(Post)を聴取して実験を終了した。採取した唾液は唾液コルチゾルキット(Salivary Cortisol ELISA Kit、Salimetrics社)により測定した。耳朶式脈拍計の不具合により脈拍データが得られず、条件Iは8例、条件IIは9例を対象とした。脈拍数は拍動間隔(inter-beat interval: IBI, msec)からローレンツプロットにより自律神経機能の変化を数値化した(十一ら1998)。プロットで得られた楕円分布から長軸(L)と幅(T)の値からL×T(副交感神経機能)およびL/T(交感神経機能)を算出し、Preからの変動割合で検討した。10分間のブラッシング作業は開始から3分間、続く5分間、そして最後までの3分割して分析した。
脈拍数はブラッシング時にその他と比較して明らかに高い数値を示した(フリードマン検定、条件I:χ2(6)=41.20, p<0.001、条件II:χ2(6)=44.06、p<0.001)。L/Tの変動割合は条件にかかわらず唾液採取時に比べてブラッシング作業中に値が低く、条件間ではほとんど差がみられなかったが、全体として条件Iの値は条件IIより高かった(フリードマン検定、条件I:χ2(10)=40.85, p<0.001、条件II:χ2(10)=22.36、p<0.01;各時点での条件間比較マンホイットニーU検定:PostのみZ=2.31,p<0.05)。L×Tでは、saliva1および2で高い値がみられた(フリードマン検定、条件I:χ2(10)=26.68, p<0.05、条件II:χ2(10)=35.90、p<0.001)。唾液コルチゾル濃度はブラッシング前(Saliva1)からブラッシング後(Saliva3)にかけて有意に減少し(フリードマン検定、条件I:χ2(2)=7.09、p<0.01、条件II: χ2(2)=6.73、p<0.05)、TDMSの快適度は条件Iで有意な上昇がみとめられた(フリードマン検定、条件I:χ2(2)=12.70、p<0.01、条件II: χ2(2)=2.90、p>0.05)。
ウマのブラッシング作業の効果についてローレンツプロットを用いた自律神経機能の変化として分析したところ、ウマのブラッシング作業は立位の作業にかかわらず交感神経機能が唾液採取時より低下することが示された。L/T値は条件間における差はなかったが、条件Iのほうが条件IIよりもPreに比較して高い値であったことから、目的をしることにより活動性の上昇が考えられた。これらの結果および唾液コルチゾル濃度の低下から、ウマのブラッシング作業には軽運動を伴うストレス軽減効果があることが示唆された。しかし、副交感神経の活性については唾液採取時のほうがブラッシング作業時より高く、ブラッシング作業に副交感神経活性の効果は認められなかった。イヌとのふれあいにおける自律神経活性を測定した先行研究では被験者は座位で実施している。その結果、イヌの飼育経験がある被験者やイヌが好きな被験者では副交感神経活性が認められた例(鈴木2010)と、交感神経活性が認めらた例(Nose et al2021)がある。一方、ウマとのふれあいは立位で行うためか、今回同様、被験者に交感神経活性の低下が認められている(Jimenez et al 2016)。以上のことから、ウマとのふれあい効果は身体の軽運動による影響も含まれているものの、ふれあい者の交感神経活性抑制効果があることが示唆された。